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【from Editor】過信は命取り(産経新聞)

 一冊の本を読み返した。北杜夫の登山小説「白きたおやかな峰」である。この夏、穂高登山を再開するためだ。この作品はヒマラヤ山脈の未踏峰ディランに挑戦する10人の隊員を描いたもので、作家は登山隊のドクターとして参加した。慣れない現地で病気や急変する天候などさまざまな障害をうけながらも頂上を目指す。

 中学3年の時、初めて読み、強い衝撃を受けた。山好きだった担任教師と2人で韓国岳(鹿児島県と宮崎県の県境)、久住山(大分県)に登った。大学時代は“山男”のあだ名を持つ先輩とともに穂高連峰を夏2回、秋2回踏破した。涸沢から見る穂高連峰の日の出は大舞台に立ったような感動を受け、自然に涙がでてきた。

 4回登ったという過信が、極めて危険といわれる春登山に駆り立てた。上高地−明神池−徳沢−涸沢といういつものコースでスタートした。残雪に加え、雪が舞い、ガスが立ちこめた。予想外のことだった。雪の上に残された足跡を頼りに進んだ。疲労感が倍増していき、アイゼンの重さが徐々に足の負担になり寒さから襲う眠気を振り払いながら歩を進めたが、突然、両ひざがガクンと落ちた。気持ちよかった。意識を失ったように眠りに入った。後続の登山者に「大丈夫ですか。眠ったら死にますよ」と声をかけられ我(われ)に返った。

 それから穂高には入っていない。長野支局勤務の辞令を受けたとき、内心、跳び上がるほどうれしかった。休みの度にフル装備で上高地まで出かけた。しかし、明神池までを往復したり、かっぱ橋から穂高を眺めたりするだけで山には入れなかった。

 6年後、今度は山形支局勤務の辞令を受けた。何かの縁なのか、北杜夫の父親、斎藤茂吉の生誕地である。「白き〜」を読み返した。鳥海山、月山、朝日連峰、吾妻連峰と山歩きを再び始めた。

 いま、高齢者の登山が当たり前のようになってきたが、さらに高齢化しているという。頂上に立つ爽快(そうかい)感は登った者にしかわからない。しかし、持病を抱える人は難度の高い山は避けてほしい。過信は命取りになるからだ。毎年4月以降、山での遭難事故が社会面に掲載される。天才クライマーといわれた、加藤保男はエベレストで、長谷川恒男はパキスタンのウルタルII峰でそれぞれ遭難した。2人の死は多くの登山者を悲しませた。夏の穂高挑戦のために、休みに、秩父の山で鍛えている。(産経デジタル編成本部長 津崎文明)

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